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デラシネな記録
針尾送信所2008-08-03

長崎からの帰り道に「寄り道・脇道・行き止まり」が好きなワタシが突然思い立ったのが、針尾送信所の三本アンテナにどれだけ近寄れるか、という事であった。この送信塔は子供のときから気になっていたのだけれども、未だかつて行った事のある人から話を聞いた事すらなかった。というよりもやはり戦争の負のイメージが強くて、あえて避けていたのかもしれない。が、しかし、今日のワタシには佐世保人という強い味方がナビシートに座っていた。

突然の提案に臆することなく、ナビ氏は携帯電話を手に電文を送信。一服する間もなく暗号じみた返信が届いた。届いた電文によると、とある地点に脇道があるらしいとのこと。久しぶりにワタシの脳内測距装置がフル稼働を始め、遠眼に見える塔の距離・方向・仰角と現在地から割り出したターゲットの位置をマッピングすると同時に、既に暗号解読を済ませた返信の指示に従い脇道へと舵を切った。おぉ、なんだか海軍の偵察艇の艦長になったような文体になってきたぞ。

どうみても私道にしか見えないみかん畑の中を、高速寄りにセッティングしてあるデファレンシャルギヤを軋ませながら登って行き、この先は徒歩のみというところで我が偵察艇である32R号を繋留する。目指す塔は目の前にあるのだが、ここまで近寄ると既に仰角80度を越えており、ワタシの脳内装置では距離の測定ができなかった。移動手段を目測モードに切り替えて少しずつ近寄って行き、ついに塔の根本に到達した。それはみかん畑の地面にいきなり建っていた。土台とか呼べるものは無くてワタシが立っているのと同じ地面から生えていた。

ココロを落ち着け、隣の塔との距離を測ろうとするが、既に頭のスケール処理ルーチンがオーバーフローしているためによく解らない。おおよそ200m?いや、もっとあるな。でも500mはないぞ、というレベルでしか解らない威圧されたスケール感は東京タワーの比ではなかった。直下から見上げた塔の高さにいたっては100m以上200m以下としか判断がつかない。しかしとにかくここまで辿り着けた事を素直に喜んだのだが、とうとうこの場を離れるまで塔に手を触れる事が出来なかった。塔にはお約束のごとき悪戯書きがあったが、恐らく金属かその辺の石を使って引っ掻いたような文字列が見て取れたが、それらは塔の存在感の前にまるで消え入るようであった。

強力な電力を使ってニイタカヤマノボレの電文を送信したであろう時の、この塔たちの17kHzの震えを感じながら真新しいコンクリートの道を下った。見上げると雲が湧き立ち、風雲急を告げる様相であった。歴史の重みを背に還る途中、何頭もの馬の背を割るような夕立が次々にワタシの乗った32R号を包んだ。


東京タワーへ行こう2005-09-15

ぽっかりと空いた時間をつぶすために東京タワーに行くことを思いついたのはなぜだろう。昔はやった歌謡曲にそんな歌詞があったなと思いつつもジーンズにTシャツ姿で背中にはザックと典型的なおのぼりさんスタイルで意気揚々と浜松町の駅前から歩き出した。駅のホームから確かめていた方向に見当をつけ、ずんずん歩いて大門を抜け、増上寺のお墓も突っ切ってタワー下へ。ここで数枚の写真を撮ったところでヘボくて有名な我がデジカメが電池切れ。この役立たずめ。

でも落ち込まず、初志貫徹とばかりに特別展望台への券を買って二つのエレベーターを乗り継いで一気に高度250mへ向かう。途中ガラス越しに見える鉄骨の古さが体の芯のあたりを震わせるが、そ知らぬ顔をしてエレベーターを降りるとそこは異質な世界であった。寒いくらいに空調が効いていて奇妙に静かな空間が逆に落ち着かない。ガラス窓の彼方の羽田空港に向かって最終着陸態勢に入った飛行機が地上から見るよりずいぶんと低く滑り降りる。

汗が引いたところでぐるりと展望台を回って高いところから世の中を睥睨してみる。うじゃうじゃと地面を這い回る電車や車やたくさんの人たちを眺めているとだんだんと不気味になってくる。どうやら自分ひとりが世の中から隔絶されてしまった恐怖に心が負けてしまったようである。情けない思いでとぼとぼと階段を降りて下りのエレベーターで地上150mまで下降し、大勢の白人のおのぼりさんたちに混じって少しだけ安心し気分を変えようと土産物屋を冷やかす。お約束の金ぴかタワーやペナントがまだ棲息しているのを満足げに眺めていると、弁天の好きなキャラクター人形焼を発見し買い込んでしまったので我がおのぼりさんスタイルは、土産物袋を加えて完成形となる。

タワーを後にし、往路に見当をつけていた芝大門あたりの蕎麦屋の暖簾をくぐって生粉打ち蕎麦と酒を注文してひと休み。更科らしくすべすべした肌理の細かい蕎麦をわざと無視し酒を飲み煙草を燻らしながら客の様子など眺めながら過ごす。蕎麦の表面が少し乾いた頃に食べるのが香りも良くて好きなので頃合を見て一気に蕎麦を手繰って満足至極。それからおもむろに二合はありそうな蕎麦湯を飲みながら、祭りが近いらしく通りに飾ってある提灯飾りのことをおかみさんに聞いたりして残った時間をやり過ごす。

こんな時間を持てたので、最近溶解気味だった脳みそが少しだけ固まったような気がするのである。


小原庄助さんの墓2005-06-05

白河教会での礼拝に参加させていただいた後に、身体に残ったアルコールを抜くために牧師さんの自転車を借りて白河市内を走ってみました。前々から気になっていた小原庄助さんの墓参りに行きたかったので、記憶を元に探し回りましたが見つからない。しょうがないので駅前まで戻って交番で訊こうと思ったけどあいにく留守中。そういえば小峰城でなにやらイベントをやっていたのでそちらに行っているのかも。駅にも行ってみたけどパンフレットが見つからない。こうなったら自力で探すしかないので、もう一度じっくりと記憶を呼びもどしてとにかく走ってみました。同じところを行ったりきたりしていたので不審な目を向けられたけどそれも一興ですが、小原庄助さんといえば酒。なので呑み助センサーを働かせてみると、あるお寺の中から呼ばれた気がしたので入っていくと、古い墓地の一番奥まったところにひっそりと建っていた杯をのっけた徳利のカタチをした墓石を見つけました。合掌。呑み助としては念願の小原庄助さんの墓参りが出来たので、次の目標の酒泉に行くこと目指してこれからも日々酒を愛して生きて行こうと誓うのであります。帰りは小峰城の裏手の獣道のような所を下って外堀の回りを通り、裏から三重櫓を眺めました。


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